軽やかに、しなやかに。
新たな可能性に向かって進み続ける。
いつみてもその人らしくいて、一緒に過ごしていると心が落ち着く…。素敵なあの人はどんなふうに暮らしてる? シリーズ「あの人に会いにいく」では、広島で暮らしのてまひまを楽しむ“素敵なあの人”に会いに行きます。今回は、鉄装飾家の岡本祐季さん。祐季さんが作りだす光と影の美しい世界に浸ってきました。
ゲスト:岡本祐季さん
鉄装飾家。広島県にあるアトリエ「ラ フォルジュロンデコラシオン」を拠点に制作、国内外での展示会で作品を発表。オーダーメイドで照明や燭台、オブジェやモニュメントを制作。造形の美しさとともに、光によって生まれる影の美しさに多くのファンが魅了されている。
祐季さんのHP
固定観念から自由に、
日常を非日常に


固定観念が見事に覆されたとき、なんだか清々しい気持ちになります。そして、新しい世界が広がって楽しい気持ちにもなります。
鉄装飾家の祐季さんの作品と対面した時もそう。鉄といえば重い、硬いというイメージがありますが、目の前にあるのはまるで壁をつたうツタのように、空に向かって伸びる花芽のように柔らかな曲線を描いています。その造形に光が差し込み柔らかな影が落ちたとき、暮らしの空間が特別な空間に。祐季さんの作品は日常の中に非日常をもたらし、私たちを特別な時間へといざなってくれます。「軽やかで、しなやかな、鉄」、それが祐季さんの作品に共通するテーマです。
祐季さんの作品をまだ見たことがないという方も、実は目にしているかもしれません。広島市中区の基町クレドのエントランス、吹き抜けにあるエスカレーター周辺の鉄装飾は祐季さんの作品です。はっとした方も多いのではないでしょうか。

祐季さんの
ものづくりの出発点

子どものころからものづくりが好きだったという祐季さん。編み物や刺しゅう、油絵、木工、陶芸とさまざまなものづくりを経験しながら、「趣味で楽しむのではなく、いつかものづくりで食べていきたい」という思いを持ち続けていたそうです。
専門学校卒業後は証券会社に就職し、営業担当に。仕事終わりに通っていたある広島市内のカフェで、鉄製のシャンデリアに一目ぼれしてから人生は一転します。カフェのオーナーが作家だと分かり、弟子入りを志願。しかし、鉄は重く扱いに危険を伴うため、「女の子には無理だから」と断られ続けたそうです。それでも諦めることはできず、会社を辞めカフェに通い続けて弟子入りをお願いし続けた祐季さん。
一度決めたことへの覚悟と行動力に驚かされます。同時に、「しつこくて嫌われたらいけないから、3回に1回のペースで弟子入りをお願いしてました」と笑うチャーミングな一面ものぞかせます。

祐季さんの思いが通じたのは9カ月後。1994年に弟子入り、10年間の修行の後に独立。現在は広島県内の高台に築100年の元牛舎を改築してアトリエを設けています。そばに小川が流れ、田畑をわたる風の音が聴こえる静かな場所。カンカンカンと鉄をたたく音が響きます。
できなかったあの時も、
できるようになった今も

制作活動を始めて15年。日本国内でのギャラリーや美術館での展示、誰もが知る商業施設や企業のモニュメントの制作、また作家としてCMや番組に登場するなど、エリアやジャンルにとらわれず軽やかに活躍する祐季さん。取材時は、フランスで展示するコラボ作品の準備中でした。


「以前は、思い通りに作ることができないから楽しかった。今は、思い通りに作れるようになって楽しい」。どんなステージにいても、ものづくりに真摯に取り組む姿勢は変わることがありません。
「金属の中でも重厚感のある鉄を使って、鉄のイメージとかけ離れたものをつくりたい。軽やかでしなやかな表現に挑戦していきます」。羽のように軽やかで、植物のようにしなやかな祐季さんの作品。その在り方は祐季さんの魅力と重なります。


祐季さんのてまひま

2020年の春、新型コロナウイルスの影響で社会が塞ぎ込んでいたときのこと。「私にできることは何だろう」と考えた祐季さんは、以前からリクエストのあったフライパンを作ることにしました。
強い火力で焼いた鉄をハンマーで叩いて形を作っていく鍛造のフライパンで、少しいびつで無骨な雰囲気。約直径18cmの小さめサイズで、スキレットのように料理を作ってそのままで食卓に映えるデザインです。「おいしい、かわいいと喜んでいただけて、ものづくりを純粋に楽しむことができました。15年の活動の中でなかった経験です」。祐季さんも毎日使って、そのおいしさとかわいさに日々感動しているそう。「冷凍したパンを焼いた時のおいしさは感動もの!」と教えてくれました。
「暮らしの中に、好きなものがあると気持ちが華やぎますよね。場の空気も変わります」と祐季さん。毎日使うフライパンが、自分のためにオーダーしたものなら料理をするたびにワクワクしそう。でも、自分の好きなものや好きなことは、忙しさや家族を前にすると後回しにしがちです。今回の取材で自分の好きなことに強い気持ちで、かつ軽やかに進む祐季さんの姿に触れ、「キッチンにあのポストカードを飾ってみようかな」と思い始めた自分の変化をうれしく思っています。
あの人に会いにいく
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